2007-03-23

ひさしぶり

しばらく開店休業だったこのブログを,春の訪れとともに復活させようかと思う。 しばらく仕事に専念してみて,やはりここで設定したテーマは,これでいいんじゃないかな という確信めいたものを感じた。つまり

1.徹底的に木にコダワル 2.最適のまどりを紡ぎ出す 3.住んでる人を綺麗にする家 4.平和に役立つ家作り

というテーマである。

技術的にはいろいろ考えることもあるけれども,住む人にとっては技術は手段にすぎない。問題は,その技術によって何が実現されるのか ということだ。

昨日,いい家塾のスタッフ会議があった。そのなかで,木の産地にこだわる必要があるのだろうか,という話が出た。

いい家塾のスタッフは,みな自然素材にこだわったり,それこそ「いい家」を人並み以上に考えている人たちだ。そういう集まりでも,やはりこうした疑問が出る。 同じ国産材で,一般に流通している材を使えば,明らかに安く上がる,ということだ。

たしかに,私自身,木材の産直にかかわってみて,産直なのに安くならない,という現象にはビックリした。 産直のセールスポイントに「中間マージンがない」ということを謳っているのに・・・。

そこで,苗木を植えるところから,育林,伐採,搬出,製材・・・と,全工程を原価計算してみたことがある。 林業に詳しい友人の協力で計算してみたところ,やはりそれなりの価格にはなるのである。

しかも,中間マージンがない代わりに,高価な高速料金や橋の料金を取られる。驚くなかれ,船でアメリカから大阪まで運ぶよりも,トラックで高知から大阪まで運ぶ方が高く付くのだ。 (柱一本あたりで計算すると)

では,安い国産材がどうして出回っているかというと,商社がまとめ買いをするからだ。 そうやって安く売った山は,再生のための費用がじり貧となっていく。 先の原価計算の例で言えば,植林,育林をすっとばして,伐採,搬出・・・という,今すぐにかかる金額だけを回収しているのである。

もちろん,山側が競争力を付けるための努力を怠っている面も,大アリだ。

スギとヒノキばかりを,日本中に植えてしまった林業家は,ある意味,先物取引に失敗したのだから,その後始末をどうするか真剣に考えなくてはならないのだが,輸入材がどうしたとか,住宅メーカーがどうしたとか言って,自分の責任を棚に上げている。

それはそうなのだが,その中でも,何とかしようと頑張っている人たちもいる。 そういうところと,何とか協力したいと思うのである。 だから,私は実際に人に会って,山に行って,使う材を決めたいと思っている。

住み手にも,こうした観点を持ってもらいたいし,そうしてできた家には,格別の愛着が湧いてくることは間違いない。

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2006-03-19

ハフ

昨日は平城山まで、構造見学会に行って来た。骨組みも立派なものだが、何よりもハフ=破風がすごい。屋根の端っこに付いている、あの細長い木である。

新しい住宅地で、色とりどりの新築が建ち並ぶ中をボチボチ歩いていくと、破風の貧弱な家が多い。というか、全部だ。ほとんどは、樹脂製のもの。色が濃いのはまだ見られるが、木目調のいかにもニセモノは怖気だつほど悲惨だ。

中には、ホンモノの木を申し訳程度に使った家もあるが、薄っぺらいのと色があせて、新築間もないのにボロボロなのが悲しい。それに比べると、見学した家の破風は、梁になろうかと言うくらい立派なものだ。

確かに、一番痛みやすい場所で、しかも塗装しにくい場所だから、ついつい樹脂製にしたくなるが、家のデザインに占める大きさを考えると、妥協は命取りかも知れない。

※ルーターの故障でログイン画面にたどり着けなくて、1ヶ月以上更新をさぼってしまった。今日からまたチョットずつ再開。

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2005-12-09

木と車

木にコダワル私のマンションの駐車場には 見事な桜の木がある。春には花を、晩秋は紅葉を見せてくれる。しかも、特別サービスでうちの車のま上にある。も一つおまけに ヤマモモまである。

どういうことになるかというと、車の塗装がエライことになってきた。たかが桜やヤマモモと侮るなかれ。私のように、2ヶ月に1度くらいしか洗車しないものにとっては、致命傷になりかねない。

ヤマモモにいたっては、発見が遅れると赤い実の色が車の塗装に染みこんで取れなくなる。桜も、シトシトと精油分を降らしているので、塗装が浮いてきたり、結構大変なのである。

不相応に新しめの車に乗っていたため、柄にも無くせっせと拭いたり洗ったりしたけれど、やはりこれは「ぼろい車に限る!」と思い、売れるうちに売ってしまうことにした。ヤマモモの実は、白い車が赤くなるほどものすごいことになったので、さすがに伐ってもらったが、いくら何でも桜を伐るのはもったいないので、私の車の方が道を譲ることにしたのだ。

ちなみに、どちらも車買い取りでは有名なG社H社に見積をとった。H社は気持ちよく相場の値段を出してくれたが、G社はそれより3割ちかく安い値段を付けた。呆れて席を立とうとすると、「実はいまこの車種を欲しいお客さんがいるから、交渉させて欲しい」などと言ってくる。ようするに、客を煙に巻いて商売する魂胆だ。G社には要注意である。

ちょうど行きつけの車やさんに古くて程度極上の中古車が入ったので、乗り換えることにした。こんどは、ドッカで止まるまで乗ってやろうと思う。エコロジーを言うならば、新車なんて乗ってはいけない。

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2005-09-19

国産材を奨めるココロと憲法9条

なんだかワケの分からないタイトルですね。 今日は。

いやいや、色んなブログで勉強をさせてもらうと、考えることが多くって、脳が細胞分裂しちゃうんです。

私、明月、建築家としては常々国産の木を使って家を建てましょうね とオススメしています。 べつに、国粋主義でもないし、山主のおっちゃんたちにも何の義理もありません。 けど、植えるだけ植えてほったらかしの杉の木たちがかわいそうで、何とか使いたいなあ と思ってのことです。

もちろん、杉の木の見た目や匂いが好き、ということもあります。 なんか、綺麗になれそうな、そういう空気を醸し出してくれるんです、杉の木っていうのは。 だから、私の家も杉だらけ。 ホント気持ちいい。

国産材が売れない、山が荒れている、最近の水害はそのせいだ。 そんな話はテレビでもよくやっています。 マスコミも取りあげるし、関係者一同問題の所在は百も承知だけれども、一向に国産材の利用が進む気配はない。

実は私、結構冷めた目で見ていました。 というのは、戦後に、かたっぱしから雑木林を切り倒して、杉の苗木を植えてしまった地主の人らは、これでひと儲けしようとウハウハだったわけです。 バブルの時に株や土地を買いまくったおっちゃんらと、かわらん部分もあるわけです。 要するに不良債権みたいなもんです。

地上げに失敗して、コインパーキングになっている土地は、私には知ったことではないですが、山の木はやはりかわいそうです。 何とか使ってあげたい、と思って山に行くと、意外な現実にぶつかります。 投機に失敗した山の地主は、「どうか使ってください」と、テレビで言っているような窮状なのかと思うと、そうでもないんですね。 未だに木材バブルのころの幻影を引きずって、ふんぞり返っていたりするんです。

ですから、国産材が売れないのは、端的に言って、山の地主の自覚と努力が足りない、と私は思っていました。

ところが、どうもそればかりではないようなんです。

竹山徹朗さんという方のブログを見ると、アメリカ政府が毎年10月に日本政府に突きつけてくる『年次改革要望書』 というものがあって、要は、何を日本で売りたいか、政府から毎年お達しが来る。 その五項目のうちの一つが住宅関連(木材)だった。 と言うのです。

まあ、これくらいは驚きません。 今の小泉総統 じゃない総裁の様子を見ていれば。

驚いたのは、 日本政府がこれまで建築基準法の改正、「定期借家権制度」の導入や「住宅性能表示制度」の導入など一連の規制改革を進めてきた最大の理由はここにあったのである。  という件です。

私、明月もどんどん法律が変わるので頭が着いていけずにオロオロしたもんです。 建築基準法なんて、一から勉強し直さないとならないほど、大きく変わってしまいました。 建築のように何十年も建っているものについての法律が、こんなにごろっと変わってしまっていいのだろうか、と思っていたら、アメリカの圧力があったんですね。

輸入自由化や、今回の簡易保険についてのアメリカの欲望は見聞きしていましたが、こんな身近なところにアメリカさんの手が回っていたなんて・・・・

そう思うと、やっぱ国産材をオススメしなくっちゃ、と気持ちを新たにするわけですが、しかし、しかしです。

反小泉、反アメリカ、日本万歳ではこれも困るんです。 なぜなら、それこそ、究極の選択=憲法改悪の流れに乗ってしまいかねないからです。

私は、今の小泉総統のブッシュ追従も、究極は反アメリカに持っていくための前段だと思っています。 反米が何故必要かというと、押しつけ憲法を変えよう、という感情的な議論に持っていくためです。

けど、ここでも羽仁五郎師が言っています。 「憲法を廃止してみるといい、革命がそこに生まれてくるから」

何でもかんでも今の憲法が最良ということでもないし、今の憲法よりも民主的なワイマール憲法下でナチスが成立したことを思えば、護憲ばかりですべてOKでもないでしょう。 けれども、今の憲法というのは、第二次大戦の敗戦処理、戦争責任を壺に入れてフタをした、そのフタみたいなもんです。 だから、そのフタを取ったら、中から戦争責任が出てくるよ、というのが羽仁先生の論理です。

まあ、フタを取って、世界から戦争責任を改めて追及されるのも悪くはないかも知れないけれど、その過程で、ずいぶん酷いことがおきるのも想像できます。

いま、国産材を使いましょう とオススメする以上、その辺まで考えてモノを言う必要があるかなあ と そう思うわけです。

アメリカに強制されて、建築基準法まで変えてしまうのはオカシイ。 国産材をほったらかしにして水害まで起こしているのもオカシイ。 けれども、だからといって、アメリカに押しつけられた憲法もオカシイ、とは言えない。 確かに、国体護持を願った戦争責任者と、戦後の革命を狙った勢力+アジア各国との間の妥協の産物かも知れないけど、妥協したおかげで今日の取りあえず食うに困らない生活があるんですから。

そんなこんなで、マガジン9条のブログも、読んでいます。 あの「あらしのよるに」の作者とか、結構有名人が発起人やってますね。

けど、このマガ9の論調にちょっと欠けてるなあ とおもうのは、改憲に反対すると言うことは、戦争責任を改めて認めることだ という点です。 で、誰でも責任を追及されるのは面白くない。 だから、たいがいの連中は「俺は戦争してないもん」というに決まっています。  で、そんな責任を追及されて面白くない気分でいるよりは、改憲した方が気分がいいジャン。 そういう流れを、今の護憲勢力は止めることできないでしょうね。

じゃあどうするの。 ほんと、どうしたら良いんでしょう。 う~ん また明日考えよう。

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