なんだかワケの分からないタイトルですね。 今日は。
いやいや、色んなブログで勉強をさせてもらうと、考えることが多くって、脳が細胞分裂しちゃうんです。
私、明月、建築家としては常々国産の木を使って家を建てましょうね とオススメしています。 べつに、国粋主義でもないし、山主のおっちゃんたちにも何の義理もありません。 けど、植えるだけ植えてほったらかしの杉の木たちがかわいそうで、何とか使いたいなあ と思ってのことです。
もちろん、杉の木の見た目や匂いが好き、ということもあります。 なんか、綺麗になれそうな、そういう空気を醸し出してくれるんです、杉の木っていうのは。 だから、私の家も杉だらけ。 ホント気持ちいい。
国産材が売れない、山が荒れている、最近の水害はそのせいだ。 そんな話はテレビでもよくやっています。 マスコミも取りあげるし、関係者一同問題の所在は百も承知だけれども、一向に国産材の利用が進む気配はない。
実は私、結構冷めた目で見ていました。 というのは、戦後に、かたっぱしから雑木林を切り倒して、杉の苗木を植えてしまった地主の人らは、これでひと儲けしようとウハウハだったわけです。 バブルの時に株や土地を買いまくったおっちゃんらと、かわらん部分もあるわけです。 要するに不良債権みたいなもんです。
地上げに失敗して、コインパーキングになっている土地は、私には知ったことではないですが、山の木はやはりかわいそうです。 何とか使ってあげたい、と思って山に行くと、意外な現実にぶつかります。 投機に失敗した山の地主は、「どうか使ってください」と、テレビで言っているような窮状なのかと思うと、そうでもないんですね。 未だに木材バブルのころの幻影を引きずって、ふんぞり返っていたりするんです。
ですから、国産材が売れないのは、端的に言って、山の地主の自覚と努力が足りない、と私は思っていました。
ところが、どうもそればかりではないようなんです。
竹山徹朗さんという方のブログを見ると、アメリカ政府が毎年10月に日本政府に突きつけてくる『年次改革要望書』 というものがあって、要は、何を日本で売りたいか、政府から毎年お達しが来る。 その五項目のうちの一つが住宅関連(木材)だった。 と言うのです。
まあ、これくらいは驚きません。 今の小泉総統 じゃない総裁の様子を見ていれば。
驚いたのは、 日本政府がこれまで建築基準法の改正、「定期借家権制度」の導入や「住宅性能表示制度」の導入など一連の規制改革を進めてきた最大の理由はここにあったのである。 という件です。
私、明月もどんどん法律が変わるので頭が着いていけずにオロオロしたもんです。 建築基準法なんて、一から勉強し直さないとならないほど、大きく変わってしまいました。 建築のように何十年も建っているものについての法律が、こんなにごろっと変わってしまっていいのだろうか、と思っていたら、アメリカの圧力があったんですね。
輸入自由化や、今回の簡易保険についてのアメリカの欲望は見聞きしていましたが、こんな身近なところにアメリカさんの手が回っていたなんて・・・・
そう思うと、やっぱ国産材をオススメしなくっちゃ、と気持ちを新たにするわけですが、しかし、しかしです。
反小泉、反アメリカ、日本万歳ではこれも困るんです。 なぜなら、それこそ、究極の選択=憲法改悪の流れに乗ってしまいかねないからです。
私は、今の小泉総統のブッシュ追従も、究極は反アメリカに持っていくための前段だと思っています。 反米が何故必要かというと、押しつけ憲法を変えよう、という感情的な議論に持っていくためです。
けど、ここでも羽仁五郎師が言っています。 「憲法を廃止してみるといい、革命がそこに生まれてくるから」
何でもかんでも今の憲法が最良ということでもないし、今の憲法よりも民主的なワイマール憲法下でナチスが成立したことを思えば、護憲ばかりですべてOKでもないでしょう。 けれども、今の憲法というのは、第二次大戦の敗戦処理、戦争責任を壺に入れてフタをした、そのフタみたいなもんです。 だから、そのフタを取ったら、中から戦争責任が出てくるよ、というのが羽仁先生の論理です。
まあ、フタを取って、世界から戦争責任を改めて追及されるのも悪くはないかも知れないけれど、その過程で、ずいぶん酷いことがおきるのも想像できます。
いま、国産材を使いましょう とオススメする以上、その辺まで考えてモノを言う必要があるかなあ と そう思うわけです。
アメリカに強制されて、建築基準法まで変えてしまうのはオカシイ。 国産材をほったらかしにして水害まで起こしているのもオカシイ。 けれども、だからといって、アメリカに押しつけられた憲法もオカシイ、とは言えない。 確かに、国体護持を願った戦争責任者と、戦後の革命を狙った勢力+アジア各国との間の妥協の産物かも知れないけど、妥協したおかげで今日の取りあえず食うに困らない生活があるんですから。
そんなこんなで、マガジン9条のブログも、読んでいます。 あの「あらしのよるに」の作者とか、結構有名人が発起人やってますね。
けど、このマガ9の論調にちょっと欠けてるなあ とおもうのは、改憲に反対すると言うことは、戦争責任を改めて認めることだ という点です。 で、誰でも責任を追及されるのは面白くない。 だから、たいがいの連中は「俺は戦争してないもん」というに決まっています。 で、そんな責任を追及されて面白くない気分でいるよりは、改憲した方が気分がいいジャン。 そういう流れを、今の護憲勢力は止めることできないでしょうね。
じゃあどうするの。 ほんと、どうしたら良いんでしょう。 う~ん また明日考えよう。