天川
天川というと、角川映画にもなった内田康夫の小説、天河伝説殺人事件を思い出すひとが多いだろう。私も、それしか知らなかった。
ちょっとしたきっかけで知人に教えられ、天川の地を訪れることになった。
1日目は、吉野林業の一角をなす天川の山林を見学し、2日目の朝に天河大辨財天に参拝した。これもたまたま氏子の方に案内してもらい、非常に幸運なことに、拝殿や能舞台の上まで上がることが許された。普通は、氏子さんでも上がれないそうである。
天河大辨財天は、地元のひとは「べざいてん」と発音する。言い伝えでは、飛鳥時代に役行者が弥山の頂上に弁才天を祀った。その後、大海人皇子がこの天女に祈って壬申の乱に勝利を収め、天武天皇に即位してから弥山の麓に「天の安河の宮」を造営したのが、今の天河大辨財天の始まりだそうだ。弥山の頂上には奥宮が今でもある。
さて、私は推理小説でしか知らなかったこの天河大辨財天は、今はやりの「スピリチュアル」な方面の方々には、非常に有名な神社であるらしい。ネットで検索すると、いくらでもそういう情報が出てくる。そういう先入観で見たくなかったので、あまり気にかけずに、居ずまいだけをただして参拝した。
想像していたよりは小さい神社で、おどろおどろしさも、仰々しさもない。田舎の清楚な神社という印象。ただし、使っている木は、吉野檜の特上のもの。能舞台の床板は、1枚300万だとか・・・
ちなみに、天河大辨財天は芸能の神様であり、多くの芸能人がお忍びで参拝しているし、例大祭には観世流の家元が能を奉納する。だから、能舞台は、本殿にいる神様に向かって演じるような配置になっている。
その能舞台に上がらせてもらったのだから、相当運がよかった。緊張してそろそろと足を運ぶと、なぜか心臓がドキドキしてきた。そこには同行した数人しかいないのに、なぜか動悸は激しくなり、舞台の中央で拝殿に相対したときは、やや胸が痛むほどになり、なんだか怖くなって舞台を降りた。
不思議な気持ちで、社務所まで降り、おみくじを引くと、なんと凶!
周りの人たちが、凶は悪くないらしいよ、などと慰めてくれるが、読めば読むほほど「生き改めよ」と書いてある。う~ん・・・
これがトラウマになったのかどうか分からないが、大阪に帰ってきて、そのときの神社の写真を見ると、またしても少々動悸が始まり、写真をしまうと、グッタリとした疲労感に襲われる。(だから、このブログにも写真は無し)
これをスピリチュアルとかオカルトとかの話にするつもりではない。ただ、何となく「このままじゃダメだよ」と、背中を押してもらっているような気がしてならない。何かしら、ステップを上がるためのきっかけになったら良いのだけれど。
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